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posted on 2014年3月11日火曜日

3・11に思う



???
「どうも。2日連続の登場です。」


のぞむ
「あれ、また重い話でもしにきたの?」


???
「まぁ今日は3・11ということで、語っておくことでもあるかな、と思って。いや、僕に語れることなんてないんだけどさ。」


博士
「被災者の皆さんには本当に特別な日じゃろうな。」


???
「僕にとっては大変な事が起きたとは思っているけど、特別ってほど被害もなかったし、感傷もなかった。あのときも僕は仕事を探していて、そろそろ働かなきゃヤバいってことで、求職の電話とかしてたし。」


のぞむ
「不謹慎を承知で聞くけど、正直、その時死んじゃえば、とか思った?」


???
「不思議とその時はそんなに思わなかったと思う。後になって『死ななかったんだな』って思ったかな。」


博士
「『死ねなかった』や『生き延びた』ではなく、『死ななかった』か。」


???
「それと、今になって思うのは、そのあとどこの職場に行っても『あの時は凄かった』『怖かった』『大変だった』と言うのを聞いて、あぁ僕にはその時社会との接点が限りなく薄かったんだなぁ、これからも震災のことを外で語ることはできないんだろうなぁって思って、切なくなったよ。」


のぞむ
「また自分を貶めて。そんな人だっていっぱいいたろうし、それでも皆で力を合わせて頑張ろうっていう人だっていたと思うよ。逆に所詮他人事だっていう人だっているし、好奇心だけで見ていた人だっているんじゃないの?」


???
「うん。被災者はじめ、身内や知人が被災した人、遠方から実際に被災地を訪れた人なんかは本当に実感を持てるんだろうけど、テレビや新聞、ネットなんかで見てるだけだと正直自分の事として捉えられないし、それは自分のことしか考えられないキャパの問題だったり、無関心の事なかれ心なのかもしれないし、みんながみんな同じ温度で考えられないよね。テレビなんか見てると、みんな真剣に捉えていて、それこそ温度差を感じちゃうよ。何言ってんだろうね。よくわかんなくなってきた。」


博士
「風化させてはいけない義務のようなものがあるからメディアや公の対応は決まってきてしまうが、誰もが誰も、四六時中そのことだけを考えているわけじゃあるまい。逆を言えば、被災者の方だって、自分のことで精一杯で、そうなった原因が震災だから必死なわけで、誰かが言ったからみんなで頑張ろう、ではないということなんじゃないかな。」


のぞむ
「自分のことで精一杯なのは分かるけど、やっぱり人間関係が希薄なのも関係しているんじゃないかな。いろんな人と関わることで、その人のことも自分のことのように考えられたりできるようになったりもするじゃない。」


???
「そうかもね。人に心を開けなくなっちゃったことは感じるよ。だからテレビだのネットだの、もともと遠い距離にある些細な情報に過剰に反応しちゃったりしてるのかも。」


博士
「それこそ、震災をきっかけに人とのつながりが深くなったという人もいるじゃろう。『絆』という言葉で表すとそれだけじゃが、本当に深いところで繋がっていくことを実感できた人にとっては財産じゃろうな。」


のぞむ
「たくさんの人が理不尽に亡くなったり、苦しい生活を余儀なくされたり、それと比べれば自業自得で落ちぶれた人はおんなじ土俵で語っちゃいけないよね。

 ゆずも唄っているよ。

 ”生きられるのに死んだ人がいる
  死にたくないのに死んだ人がいる
  生きているのに死んでる、死んでる人がいる”」


???
「・・・のぞむくんも厳しいなぁ。ま、そうやってはっきり貶められたほうが、自分と向き合えるのかもしれないね。実際の生活でこうして語れるようになればまた違うのかもしれないけど。

 おんなじ土俵で語っちゃいけないのは承知で言うと、”神様はその人に乗り越えられない試練は与えない”という言葉を聞いたことがあるよ。亡くなってしまった方には当てはめたくないけど、世の中いろんな試練があって、自分には被災者の方達ような試練は乗り越えられないし、今の試練すら乗り越えていないから、こうした現状があるんじゃないかとも思う。」


のぞむ
「乗り越え方、ってのもきっとあるよね。自分が考えているやり方だけが乗り越える方法じゃないかもしれないし、何をもって乗り越えたことになるのかも考え方次第だし。」


博士
「被災してしまったことも、世間とはかけ離れて悶々としていたことも、全ては過ぎ去ったことじゃ。ありきたりじゃが、大切なのはこれからどうするか、なんじゃろう。」


???
「そうだよなぁ。先のことは不安だらけで、どう足掻いてもこれから自分がかつて思い描いていたような人生を送っていくのは厳しいと思う。でも、それだからダメなんじゃなくて、その状態で何を良しとするかってことなのかなぁ。」


博士
「そういうことを考えるのに、3・11というこの日が与えられたのかもしれんな。サンドイッチマンの富澤くんがブログで『この日は泣いてもいいと思います。(中略)明日から顔を上げればいいと思います。』と言っておった。もちろん、被災者の方へ向けた言葉じゃが、全ての人に多かれ少なかれ、こうして思い悩んで、立ち止まって、泣いて、顔を上げて、前を向いて、笑っていくプロセスがあるんじゃなかろうか。」


???
「なんか支離滅裂で、不適切な内容もあったかもしれないし、書くんじゃなかった気もするけど、ブログで書ける範囲で一番正直に気持ちを出した気はするよ。」


のぞむ
「ま、とりあえずそれでいいんじゃない?なんか趣旨が変わってきたけど、脳内問答という意味では正しいのかもしれないし。これからもっと面白いことも書いていければ。」


博士
「そうじゃな。とりあえず二日続いたことを評価しよう。明日のことは明日考えればよい。」


???
「うん。今日中に書けて良かった。明日、またよろしくね!」



posted on 2014年3月10日月曜日

人生、詰んじゃったようだけど、開き直ってブログでも書いてみる




???
「やぁ、どうも久しぶり。生きてましたか?」


のぞむ
「こっちこそ、久しぶり。その言葉、そっくりお返しするよ。」


博士
「まぁまぁ、何はともあれ、わしらもまた登場できたわけじゃし。元気でしたか?」


???
「元気だったり、そうじゃなかったり。正直、今はいつ死んじゃってもいいやって感じ。」


のぞむ
「でも、死んでないんだよね。良かった、って言っていいのかな?」


???
「そうだね。良かったのかな?けどやっぱり自分から死ぬ勇気はないんだよね。生きてて辛いとか、逃げ出したいとか、そういうのはいったん通り過ぎた気がするけど、今は生きるにも死ぬにもパワーが足らないっていうかね。」


博士
「いろいろあったんじゃな。現状としてはどんな状況なんじゃい?」


???
「うーん。仕事はまだ続いているんだけど、先月2週間ほど休んじゃって、まずお金がヤバい。

 仕事自体はまぁ自分なりに出来たりすることもあるんで、一人でコツコツやってる分にはいいんだけど、やっぱり人間関係っていうか、うまく行かない人とのカラミが多いんで、日々ストレスが溜まる一方だし、体もキツくなってきてるかな。」


博士
「先月っていうと、大雪のあたりかな?」


???
「そうだね。その前に休日出勤とかシフト変更とかって、ちょうど疲れも溜まっていたんだけど、どうしていいか分からない状況のときに相談できる人がいないって思っちゃって。無理して出勤してのっぴきならない状況に追い込まれたらと思ったら体が動かなくなっちゃって。」


のぞむ
「思い過ごし、なんだろうけどね。脅迫観念とか。実際そこでヤなことがあっても、乗り切っちゃえばそんなに引きずらずに気にならなくなるんだろうけど。」


博士
「パニック障害、なんじゃろうかな?以前そう言われたことがあったとか。」


???
「気分がうつになることは多いし、以前言われたときにもそうなのかなぁと思っていたけど、多分そんな感じだね。仕事のこと考えたり、朝が来たりすると悶々としてどうにもならなくなっちゃったなぁ。

 『パニック』ってイメージとちょっと違うけど、発作的に起きるのはそうなんじゃないかなぁ。」


のぞむ
「薬とか飲んでるの?」


???
「以前は飲んでたけど、今はお金もないし。それに家族やお医者さんに相談するにも、また同じことかと思われちゃうから、隠しちゃったんだ。」


博士
「そうか。それは辛かったな。でも今は頑張って仕事に行けた。とりあえずはそれでいいんじゃないかな?」


???
「同じこと繰り返してばかりの自分に嫌気もさすし、このまま将来のことを考えると、正直もう消えてなくなりたいとは思うけど、自分から死ぬ勇気もない以上、死ぬまではやれることはやっておこうかなって感じ。さっきも言ったけど、思いつめるほどパワーもないので、やれることっていってもこうしてブログを書くくらいしか出来ないけど。」


博士
「そうじゃな。本当なら思い切って周りに打ち明けて助けてもらったりするのがいいんじゃろうが、それもまた負担になるじゃろうからな。お金のほうは大丈夫なのかい?」


???
「ギリギリまで借金してなんとかなるか、ならないか。家族には何度か泣きついているから、次に泣きつくなら、そのときまた本気で死にたくなるかも。」


のぞむ
「多分だけど、世の中にはもっと大変な人が多いよね。それからすると、まだまだ甘えてるんじゃないの?自分をダメなほうダメなほうに追いやってる気がするよ。」


???
「うん。甘えているのは分かってる。けど、自分は出来るんだ、やれるんだって鼓舞することも出来ないし、ダメな自分はこれまでの自分が作ってきちゃったものだから仕方ないっても思うんだ。」


のぞむ
「まぁ自業自得ならしょうがないよね。けど、そっからどうするの?ってか、これまで何して過ごしてきたのさ。」


???
「残業も少ない仕事にしたんだけど、やっぱりしばらくは疲れてて。頑張ったご褒美にゲームしたり。プロスピはかなりやりこんだよ。年が明けてからは本も読んだなぁ。北方謙三の三国志を13巻読んだり、半沢直樹の原作本読んだり。後はネットを見てばかり。なんJのまとめサイトを見ていたけど、転載禁止騒動のなんJ民とアフィカスの争いにショックを受けたり。外出や遊びにはほとんど出なかったなぁ。友達って呼べる人もいないけど、会ったりもしなかったし。」


博士
「なんJのまとめサイトでもやればよかったのに、とも思わんでもないが、今となってはやらんでよかったのかもしれんな。余計な精神的負担を背負い込むところじゃったかもしれん。」


のぞむ
「プロ野球も開幕するし、そういう話題でもまた書けるといいね。」


???
「これからやろうとしていることも所詮アフィカスの真似事なんだけど、『アフィカス働け!』って言われてもしょうがない。これ以上働けないんだから。転職ももう厳しいだろうから、後は低レベルでも安定して、最低限生きながらえる基盤を作らないといけないし、嫌儲な人がどう言おうとやるだけやっていかないといけないし。あとは宝くじを当てて、働かずに暮らす道しかないね。」


博士
「死んだ気になればなんだって出来る、とは言うものの、出来そうなことを選ぶくらいはしてもええじゃろな。ま、このブログに限らず、軽い気持ちでやってみるといいんじゃないかの。」


のぞむ
「そうだよ。僕らにまたいろんな話をさせてよ!このブログを潰さなかったことだけでも、とりあえずは評価できるよ!」


???
「そうかい、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて二人にはまた活躍してもらおうか。今回も、これまでみたいに独白にしようかと思っていたけど、あえて二人に登場してもらって良かったかもしれないよ。いろいろ設定に矛盾が出そうだけど。」


のぞむ
「大丈夫!そこはうまくやるよ(ニッコリ)」


博士
「わしらもいろいろスケールアップせんといかんし、他の登場人物を出してもいいの。とにかく、型にハマるほど続いてきたわけでもないし、支離滅裂でも続けていくうちに何か形が見えてくるんじゃないかな?」


???
「二人ともありがとう。僕の脳内で暴れまわって、このしぼみきった感情に刺激やパワーを与えておくれ。」


のぞむ
「パワー与えると、死んじゃわない?」


博士
「さすがにのぞむくんの毒舌はサビとらんな!」



posted on 2013年10月8日火曜日

新しい環境



どうも、独り言です。


月曜日から新しい仕事になりました。

だんだん年を取ると新しい環境に馴染むのが大変です。あ、年とか関係ないのかな。僕の場合、我慢が足りないだけだから。


その場所その場所で雰囲気があってルールがあって。みんながみんな最初から合うわけではなくて、だんだん慣れていって。

それは分かります。そして会社の方針とかやり方があって、そこにみんな合わせてる。そういうもんだと思います。





けど、何でなんだろう?

合わせているつもりなのに、合ってないんじゃないかとか感じて、合ってないのに何無理して合わせてんだろうとか考え出して、合わせるのが嫌になる。

でも、周りの顔色は気になる。だから居られなくなる。

なんだろね。そんなに難しいことじゃないのに。




ゆずは唄う。

「誰のせいでもないさ 人はみんな鏡だから」

そうだなぁ。自分から心を開いて溝を埋めていけばいいんだよね。




B'zは唄う

「過ぎた時間はすべてDestiny 今の君を生んでくれた」

「幸も不幸もEasy Come, Easy Go!」

なるほど。これが自分なんだから仕方ない。どっちにしても受け入れちゃったほうが楽なんだろうね。




はぁ。けどね、突然全てがヤになっちゃったり、いきなりバックれたらみんなどういう反応するんだろうとか、不謹慎なことばかり考えてしまう時期が来たりするんだ。

誰も味方なんかいないし、誰も困らないし、誰のために頑張ろうという気もしないや、って思ったとき。




あーもう病気。病気の一言で片付けちゃいけないんだろうけど、どこでこうなっちゃったんだろうっては思う。どうにもおさまらない衝動がやってくるんだわ。

そのときに我慢して、波が過ぎて、また繰り返しながらも「前へ進んでいく」、という経験をしてこなかったんだよね。同じことを何度も何度も繰り返す。きっとこれからも繰り返す。




前へ進んで行けたら少しは違うのかもしれない。今更人並みに立派な社会人にはなれないだろうけど、自分なりにもう少し自分も許せて周りも受け入れられて、迷惑かけたり悲しませたりしなくなっていければそれでいいかな、と思う。




今はあんまり深く考えずに、深入りせずに日々淡々と過ごしています。

疲れてよく眠れてるのもいい。




もう少し慣れてきて、いろんなことが溜まってきたときにどう処理するかなんだよなぁ。

そんなときが来ないようにするためにも、仕事なんかしたくない、とも思っていた。

でも、そんなこといつまでも言ってられないんだよね。




世の中全て自分だったら、不満なんて持たないのかな。

ひとりじゃきっと生きていけないけど、誰からも干渉されずにひっそりと生きていきたいな。

自分を理解してくれる人たちだけ生き残ればいいのに。



とか、ありえないことばかり考えては、そうでない現実にうまく対応していけていない自分に気づいてまたイヤになる。




自分、どんだけワガママだよ、って思う。




自分がワガママならきっと相手もワガママになる。でもそれを受け入れられれば、それでも生きていける。



自分が変われば相手も変わる。そうなればもっといいはず。




でも、自分が変わったのに相手が変わらなかったら?損?




そう考えている時点で自分、たぶん変わってないんだろうね。




あーあ、また難しく考えちゃった。ま、今は落ち着いているからいいんだけどね。

大変になったときほど、気楽に考えよう。

もっと重い独り言をぶちまけてしまったら申し訳ございません。



そんなわけで、しばらくはぼちぼち更新しようと思います。

のぞむくんの言葉も博士の言葉も、奇麗事だったり、矛盾に満ちていても全ては僕の言葉。

願いもギモンも絶望も歓喜も、もっとうまく吐き出せるようになったら幸いです。



posted on 2013年9月16日月曜日

止まった時計




今回は、いつもの風でなく作者の独り言として書いてみます。


しばらくブログをサボっていましたが、またまた僕の中で時計が止まってしまっていました。

もともと今回のブログを始めたのも、アドセンスでもやってみて少しでも収入の足しになれば、という気持ちもあり、仕事も変えたのでうまく平行してやれればいいな、という感じでした。


ここから先は言い訳です。

アドセンスの審査通過が思った以上に時間がかかったり、その後も技術的な問題か何かで広告がなかなか表示されなかったり、仕事が思った以上に残業が増えたりストレスがかかったり、お盆休みにゲームを買ってそれに現実から逃げるようにのめり込んだり・・・


そうこうしているうちに、仕事でもミスや人間関係の行き場がなくなってきてしまい、何度目かの時間停止に陥ってしまいました。



こうして同じことを繰り返してしまうのに慣れてしまっている自分も恐ろしいのですが、毎度のごとく、「消えてなくなりたい」「死んでしまいたい」と思ってしまうものの、今でも生きています。


そしてこうしてブログを再開することも、何かしている風を装っているだけなのかもしれず、現実感が伴わずになんとなくな作業になっています。



こうしたことをここに書くことが、今後に何かよいのかどうなのかもわかりません。なんだかこんな暗いことを考えている人間が書いていると思うと、見てくれている数少ない方々にも失礼なのかもしれません。



ただ、これまでの自分は、できないくせになんでもちゃんとしていたい気持ちの強い傾向で、ちゃんとできないならいいや、と畳んでしまうことが多かったのですが、いい加減そんなことも言ってもられないし、もうそんなこともどうでもいいや、と思うようになってきたのかもしれません。



今回は病院には行きませんでしたが、うつだったり、パニック症候群だったり診断されたこともありました。実際には、社会不適合人間なのだと思います。臆病なばっかりで、社会に立ち向かうことも、社会を完全に絶つこともできず、その日の気分と状況で、最悪だったり、まぁこんな時代でも生きていくかと思えたり、何の筋も通っていない文字通りフラフラ人間です。

困難に立ち向かうこと、乗り越えることを学ばずにここまで来てしまったことは、今思うと本当に罪なことだと思います。確かに社会から見れば「害」の部類かもしれません。


そんな僕が社会に対してあれやこれや言っているのがこのブログなのだから、それこそ負け犬の遠吠えなんだろうな、と思う。あ、犬に対して失礼か。



別に、だからと言って「こんな人間でも生きてる証がネット上にはあるんだ!」とか言う気はさらさらありません。だって、いろんな人のいろんな言葉をネット上で見たけど、心に残ってることなんてほんのわずかだし。ただ、ほんの一瞬でも共感したり、共感までいかなくても暇つぶしになったと思えたら、垂れ流しただけの価値はあったのかもしれない、くらいでいいのかなと思います。みんなそれぞれの人生を生きているんだろうし、本当に悲観して死んでいってしまった人たちがいても、それを共有できることはこの先もおそらくないことだろうし。



垂れ流し。そう、垂れ流し。思ったことを垂れ流して、それが誰かの目を通り過ぎる。ただ、それだけなんだよね。



この記事を書いたことで僕の時計も動き出したのかな?まだ、止まっていた時間や止まる前の時間を振り返ることは怖くてできないけど、振り返ることが何かの足しになると思えるときにそうすればいいだけで、無理して振り返ることはない。


これからこの先、また何度も時計は止まるのかもしれないけど、壊れてないのならまた電池を入れ替えて動けばいいし、電池を入れ替えずにそのままほっぽってもいいし。今回は、現時点では渋々なのかもしれないけれど、電池を替えるきっかけがあったから動き出したに過ぎない。



はぁ、死ぬも生きるも大変だ。でも死ぬほうがよっぽど大変だからみんな生きているのかなぁ。



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